ハノイの整備工場エリアの一角に、静かに確かな手つきで車両と向き合う工場があります。Yamada Factory 105です。ここで現場を支えているのが、日本人メカニック・鬼塚勝久氏です。整備士としてのキャリアは39年。日本から東南アジアへと舞台を移しながらも、一貫して「原因を突き止める整備」を続けてきました。


鬼塚 勝久 Onizuka Katsuhisa
1966年4月14日生まれ。福岡県朝倉市出身。 1987年、久留米工業技術専門学校で自動車整備を学び、同年より九州三菱自動車販売にて整備業務に従事し、国内で経験を積む。2012年にミャンマーへ渡り、空港車両整備プロジェクトに参画。マンダレー国際空港における車両整備体制の構築や現地技術支援に携わる。現在はベトナム・ハノイのYamada Factory 105にて、バイクや車両の整備業務を中心に担当。 海外現場での経験を持つベテランメカニックとして、今も第一線に立ち続けている。
日本で積み上げた基礎
キャリアの出発点は日本国内です。1987年、久留米工業技術専門学校で自動車整備を学び、同年より九州三菱自動車販売にて整備業務に従事し、現場で経験を重ねていきます。
日本車を中心とした整備現場で、基礎技術と現場対応力を培った時期でした。


ネピドーの整備工場で現地メカニックに指導を行う様子。言葉が十分でなくても、作業を通じて技術が伝わっていく

三菱自動車ミャンマーの前で撮影された記念写真。今も現地で活躍するメカニックがおり、当時のつながりが続いている

車両整備拠点となるマグウェイスター整備工場の完成記念イベントの様子
ヤンゴンでの挑戦と転機
キャリアの転機となったのは東南アジアへの挑戦でした。最初の拠点はミャンマー・ヤンゴンです。現地では第一交通産業株式会社のもとで整備工場の立ち上げに携わり、新しい環境での事業構築に取り組みました。
このヤンゴンでの現場支援には、日本での経験が大きく生かされています。もともと日本国内の三菱自動車ディーラーの整備現場で培った知識があったことで、現地の三菱自動車ディーラー拠点において技術アドバイザーとして関わる機会にもつながりました。整備品質や運用面の確認を行いながら、日本と現地の基準の差を埋めていく役割も担っています。
ヤンゴンでのこうした経験は、単なる技術支援にとどまらず、次のプロジェクトへとつながる重要な期間となりました。
マンダレー国際空港での現場づくり



その流れの中で、ミャンマーにおける空港運営事業プロジェクトへと発展し、マンダレー国際空港での車両整備および運営支援に関わることになります。
本プロジェクトは、JALUX・三菱商事・現地企業グループによるコンソーシアムのもと設立された運営会社 (MJAS)によって推進され、空港施設の維持管理や車両整備など、空港運営の実務を担う形で進められました。
この現場では、空港内で運用されるバゲージカーや支援車両の整備に加え、整備工場の立ち上げそのものから関わることになりました。設備が整っていない状態からのスタートであり、単なる整備ではなく「仕組みを作る仕事」でもありました。
中心となったのは、現地メカニックとの関係づくりでした。日本から持ち込んだ基準を一方的に押し付けるのではなく、なぜその作業が必要なのかを共有しながら、実際の整備作業を通して技術を伝えていきます。 分解、点検、組み付けの一つひとつを一緒に確認しながら、現地スタッフが自走できる状態を目指しました。
部品不足や環境制約の中では、車両の再生や現地加工も行いながら運用を成立させていきます。その中でも一貫して重視していたのは、「なぜ壊れたのか」を突き止める姿勢でした。部品交換で終わらせず、原因を追い、再発を防ぐ。その考え方が現場全体に少しずつ浸透していきます。
一方で、政変やコロナ禍の影響により空港の稼働が制限される時期もあり、現場の役割そのものが変化していきました。

重機や車両に耐えられるよう、日本企業の技術協力のもと地盤工事から造成した

入手困難な部品は現地で鋳造から製作し、必要なパーツを一から作り上げながら車両を整備した


一から部品を製作し組み立てて完成させたバゲージカート

飛行機とターミナルをつなぐ空港バスの整備を行う現地技術者たちの様子
ハノイでの新たな挑戦
そして2024年、活動の舞台はベトナム・ハノイへ移ります。現在はYamada Factory 105にて、整備品質の標準化や作業工程の可視化、顧客管理の仕組みづくりなど、現場の基盤整備に取り組んでいます。
ここでも軸となっているのは、現地メカニックとの関わりです。技術を教え込むというよりも、同じ現場に立ちながら作業の基準を共有していく形を大切にしています。作業の意味を理解し、それを再現できる状態にすることを重視しています。
整備という仕事について、鬼塚氏は特別なことをしているわけではないと語ります。重要なのは、目の前の車両に対してどれだけ正確に向き合えるかという一点に尽きるといいます。
整備士としてのキャリアは39年。現在40年目を迎え、国や環境が変わっても変わらない基準を持ち続けながら、今も現場に立ち続けています。
仕事のない日は、家でアニメ鑑賞を楽しむことが多いという。特に80年代の作品を見返すのが好きで、最近は異世界転生ものなど、非現実的な世界観の作品に惹かれていると話します。お酒を片手に過ごす時間が、また次の現場へ向かう切り替えにもなっています。
ゆくゆくは東南アジア全体での展開も視野に入れており、ラオスやカンボジア、ミャンマーを含め、他国へも広げていける体制づくりを目指しています。

バイク整備の様子。「日本の中古車のことで分からないことはない」と語る鬼塚氏
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